HKT48の歌詞が女性蔑視だと話題になりました。どうやら「どんなに勉強できても愛されなきゃ意味がない」とか「何も知らなくてもメイク上手ならいい」みたいな歌詞がそうらしいです。ということで、全体的にどんな歌詞なんだろう?と興味をもって歌詞を見てみました。

アインシュタインよりディアナ・アグロン


…想像以上に嫌いだ。この歌詞。


でもね、歌詞に反論するのはいいと思うんです。けれど、その歌を排除しようとする動きが私は好きじゃありません。たぶんこの歌詞って、「うん!わかるわかる!」という人ももしかしたらいるかもしれないけど、同調を求めるというより「うわっ!こんな友達いたらイラッとする!でもいるいる!」とか、もうちょい上の世代の人だと「まったくこの娘ったら!」みたいな、ちょっとイラッとさせるのも狙いだと思います。正論だけじゃなく、聞き手に反論させる表現方法はとても面白いと思います。

批判の声にこの曲を作詞した秋元康さんはノーコメントだったようですが、歌詞にいちいち説明しなきゃいけないなんてアホらしい、とでも思ったのかな?だとしたらちょっと理解できるような気がします。
例えば、石川さゆりの「天城越え」の

誰かに盗られるくらいなら
あなたを殺していいですか

だって、真に受けたら「だめに決まってるじゃん!」だけど、それぐらいの燃えたぎる情みたいなのが読み取れますよね。

尾崎豊の「15の夜」の

盗んだバイクで走り出す

も、やってはいけないと頭ではわかってるのにどうしようもないやるせなさというか、そういうのを表してると思います。

これらの歌詞に、バラエティでよく出てくる「※このあとスタッフがおいしくいただきました」というテロップのように

誰かに盗られるくらいなら
あなたを殺していいですか
※人殺しは犯罪です。絶対にやってはいけません。

とか


盗んだバイクで走り出す
※このあと尾崎はバイクを返しました。

なんて言ったら冷めるじゃん。

歌詞に説明求めるってそういうことじゃない?今は冗談で書いてるけど、歌詞を批判して拡散するとそのうち本当に歌詞カードにこういう但し書きが出てくるかもしれないよ?歌詞に関してはその言葉通り受け止めて批判するのはどうかな~って思います。批判し、発売中止にする動きが増えると、裏の意味とか、逆説的な表現方法が使いにくくなってしまうと思います。それに個人的には正論だけの歌詞はつまんないです。ちょっとひねくれた、意表を突く言葉が面白いと思います。

歌詞とは違うんですが、報道ステーションを降板した古舘伊知郎さんが、「偏った意見ばかりするな!」みたいな批判を浴びた、ということをインタビューなどで言っていました。いろいろ考え方はあると思いますが、私は偏った意見も賛成です。視聴者はそれを見て「いやいや、古舘さん!それは違うよ!」と反論することによって自分の考えが明確になると思うからです。常に正しいことを言っていると、視聴者は全部鵜呑みにして考える力が弱くなってしまうんじゃないかな。確かに「ニュース」という番組で偏った意見でいいのか?、難しい問題ではあるけれど、そういう「テレビ番組」は必要だと思います。「確かにそれは同意見」とか、「いやいや、それは間違ってる」とか、各々考えを持つことで多様性が生まれるんじゃないでしょうか。

ちょっと真面目なことを書きましたが、どうしても言いたくなって書いてみました。